日本初!のスポーツバーが誕生。障がい者就労で運営し、障がい者スポーツを普及する「E’s cafe」ってなに?

(文:加藤遼也)

*この記事はFootball Edgeからの転載記事です。


3月1日。多摩市のフットサルグランドの隣に、日本初のスポーツバーがオープンしました。


「グランドの隣にカフェバーがあったらいいよね」 

フットボール好きならそんな会話をしたことがある人は多いんじゃないでしょうか。

 今日紹介する神(じん)さんもその一人でした。 ただ、神さんはその施設を「障がい者就労」で運営し、障がいを持つサッカー選手が 仕事もサッカーも両立できる場所づくりを目指しています。 

最近「障がいのあるなしに関わらず、みんなでサッカーを楽しもう」という言葉を聞くことが多く、障がい者に対する見方や接し方について考えさせられる機会が増えています。 しかし一方で、障がい者の人たちがどんな仕事をしているのかについて、考える機会は多くありません。実際に、障がい者雇用率は改善されているものの、未だ質・量ともに課題の多い分野だと言われています。 


そんな中、2017年3月1日、神さんたち『パラSCエスペランサ(以下、パラSC)』は、日本初となる障がい者就労で運営するスポーツバー「E’s cafe」を、多摩市にあるフットサルステージ多摩の隣にオープンしました。 現在、クラウドファンディングで運営に必要な資金を集めているところですが、レセプションでは岡田武史氏や宮本恒靖氏がお祝いの動画メッセージを送るなど大きな反響があり、多方面から注目を集めています。


 E’s cafeが目指すのは、障がい者がスポーツと仕事を両立できる場所をつくること。現在も脳性まひ7人制サッカー(CPサッカー)の選手が一人働いています。


 今回は神さんがCPサッカーと歩んできた人生を辿りながら 「E’s cafe」を開いた理由や「E’s cafe」を通じて、実現したい今と未来について紹介します。

 

神さんは「夢の人」

神奈川県を中心に、サッカーを通じて脳性まひの子どもと大人に社会参画プログラムを実施する「CPサッカー&ライフ エスペランサ」。 設立者の神一世子(じん いよこ)さんは「夢の人」という言葉が似合う気がします。たくさんの夢を持ち、周りに語り、いつの間にかひとつひとつ実現してしまう、そんな人です。 

神さんはエスペランサを始めた頃から「自分たちでサッカーコートを持ち、障がい者も健常者も一緒に働き、サッカーをする環境、そして交流する環境を作り出す」という夢を持っていますが、元々はサッカーや障がい者支援とは無縁の生活をしていました。 大学生時代から新しい企画を立ち上げることが好きで好奇心旺盛だった神さんは、大学卒業後、旅行会社に数年勤めた後、日本と世界を行ったり来たりする旅をし、ある時「日本初上陸!」というキャッチフレーズに好奇心をくすぐられ、英国系の保険会社に転職します。

「英国の会社だったので仕事が5時頃に終わり、友達と遊びに行こうにも周りは夜遅くまで働いていたので、その時間を利用して、勉強会やボランティア活動に参加するようになったんです。ボランティアと言っても、誰かに何かをしてあげたいというよりも、自分が楽しみたいという気持ち。当時はサッカーに全く興味がなかったし、試合を見たこともなかったくらいだったけど、中心的にやっていたボランティアの活動で、サッカー少年団のキャンプリーダーをすることがありました。通常、キャンプリーダーってすごく大変なんですよ。でも、そのチームはキャプテンのリーダーシップがすごくて、自分たちでミーティングを開いたりとチームをしっかりまとめていて、サッカー選手ってすごいなって思ったんです。夜は夜で、元日本代表選手と大人たちが参加する懇親会があったんですけど、みんなサッカーの話ですごく盛り上がって。子どもも大人もプロの選手もみんな同じ熱量で盛り上がれるサッカーって、実はすごいんじゃないかって思いました」 

このキャンプを機にサッカーに興味を持った神さん。ここから、持ち前の好奇心が爆発します。

 「サッカーに興味が湧いて、キャンプの後に4級審判の資格を取りに行ったんです。でもそれだけじゃサッカーのことがよく分からなかったので、少年・少女のコーチができるD級コーチも取りに行きました。その後、せっかくコーチのライセンスを取ったので何かできないかとアンテナを張っていたら、新聞に今の旦那が取り上げられていて『CPサッカーを日本で普及したいけど、ルールブックが英語しかないなので、手伝ってくれる人募集』という内容の記事を見つけて、これだ!ってピンときたのがCPサッカーとの出会いでした。当時は、日本のCPサッカーの組織作りもこれからという時で、何もないところから作っていくのが面白くて、英国のCPサッカー協会本部と連絡をとったり、海外の試合を観に行ったりしていました」 


仕事とサッカーが両立できる場所を作りたい 

2017年3月時点で、日本には8つのCPサッカーチームがありますが、当時は横浜に1チームしかなかったようです。神さんは、障がいがあっても前向きにスポーツを楽しむ人たちの活躍の場をもっと広げたいという想いで、2002年に新しいCPサッカーのチーム「CPサッカー&ライフ エスペランサ」を立ち上げました。 

「CPサッカー&ライフ エスペランサ」、通称エスペランサはCPサッカーの選手を育てるクラブチームで、脳性まひの子ども・大人を対象にライフスキル教育やサッカープログラムの提供もしています。運営はコミットの高いボランティアスタッフに支えられていて、クラブチームとして、2年連続で全日本選手権で優勝するほど強いチームに育っています。 

「E’s cafe」を運営する「パラSCエスペランサ」も、神さんが2015年に立ち上げた団体で、スタッフに障がい者を雇用し、あらゆる障がい児を対象とした放課後デイサービスを川崎市で平日、毎日提供しています。 

エスペランサを立ち上げ、その後「パラSC」「E’s cafe」を始めるに至った背景には、障がい者のニーズに合ったプログラムを提供することもさることながら、神さんがエスペランサの活動を通じて、感じてきた課題がありました。それは、障がいのあるサッカー選手がサッカーと仕事を両立することの難しさです。 

「エスペランサの参加者を見ていて、サッカーと仕事の両立が難しいと感じていました。仕事があって収入があるとサッカーの時間がなくて、逆にサッカーの時間がある人は仕事がない、みたいな。就職したのはいいけど、土日が休めなくてサッカーの練習に来れない子もいれば、サッカーがすごい好きだけど、収入がないから交通費が出せなくて、参加できない子もいました。だから、サッカーと仕事の理想的なセットを作りたい。仕事を中心にしながらサッカーもちゃんとできる環境、サッカーを中心にしながら仕事もちゃんとできる環境。仕事とサッカー、そのどちらを中心に据えても両方が成立できる場所を作りたい。今は実際に2人のCPサッカー選手が、それぞれの方法でパラSCの仕事をしています」

この話を聞いて、ハッとした人もいるのではないでしょうか。障がい者スポーツを知る機会や障がいのあるスポーツ選手と知り合う機会は増えているけれど、彼・彼女たちが実際にどのような仕事をしているのか、どのようにスポーツと仕事のバランスを取っているのかについて考える機会は多くありません。 ただ、おそらくパラリンピックに出場する選手であったとしても、練習や試合に必要な時間・資金を確保することが難しいことは容易に想像できます。

 E’s cafeではすでにCPサッカー選手が働いていますが、ランチの休憩後に隣のグラウンドでサッカーの練習をすることを想定しています。グラウンドでは個人スキルを高める練習はもちろんのこと、仲間とのコミュニケーションを深め、人間関係を構築する場所としても機能し、結果としてお店の仕事が楽しく働きやすくなることも考えられます。 

サッカーと仕事を提供するE’s cafeがオープンしたことは、これからの障がい者スポーツの世界に『スポーツと仕事の両立ができる新しい暮らし方』を提案するような、一筋の光になるのではと感じます。 


E’s cafeの夢 

E’s cafeにはいくつかの夢があります。例えば、これまで紹介したように、スポーツと仕事が両立できる環境をつくることや、CPサッカーに限らずあらゆる障がい者スポーツを普及する場所になることなどです。

 E’s cafeはなぜスポーツカフェバーになったのでしょうか。

神さんに話を聞く中で「障がい者も健常者も、みんながあたり前に交流する様子を日常の景色にしたい」という大きな夢を知りました。 

「 CPサッカーの国際大会でオランダを訪問した際に、障がい者が街角のカフェで生き生きと働いていたんです。サッカーをする人、応援する人、その家族も地域の人も、障がいのある人たちもみんな混ざって、サッカーと食事とお酒を楽しみながら、みんなで交流する場所が日常にある。これを日本でもやりたいって思いました」 E’s cafeがスポーツカフェバーという形をとった理由は、そうした夢を叶えるに適した場所だからです。

スポーツカフェバーは、そこにいる人たちがお互いのバックグラウンドを気にせず、自然と交流ができる機能的な場所です。ここ数年、ダイバーシティやインクルージョンという言葉をよく聞きますが、それらの目指す先は、E’s cafeが目指す「日常化」の状態に他なりません。 

そしてもう一つの夢。それは、障がい者の仕事の選択肢を増やすことです。 

エスペランサに所属する女子選手の話が、それを物語っていました。 

「カフェバーを通じて、CPサッカーのことや障がいについて知ってもらえるし、障がいの大人が働いている姿を見て、障がいの子どもたちが未来をイメージしやすくなる。障がい者の仕事は作業所ばかりではなく、こうしたカフェで働きたい人もいるって思うから、そういう子たちにとってワクワクするような希望の場所になると思います」 

彼女の話を聞いて、障がい者就労の中でカフェバーの仕事は一般的ではないのだと知りました。障がい者の中にもカフェやバーで働きたいと思う子は当然いると思います。E’s cafeは障がいの有無に関わらず、仕事の選択肢があることを世の中に示し、子どもや若者の希望の場所になるのだと感じました。 


パラリンピックは4年に一度だけ。でも「仕事」は今この瞬間のもの。2020年を迎えるにあたり、障がい者の今を支える仕事について、もっと目を向けていきたいと思いました。

神さんはE’s cafeを通じて、実現したい今と未来についてこう話してくれました。 

「E’s cafeで障がいのある人たちが普通にたくさん働いていて、そこにいろんなお客さんが来て、当たり前のようにコミュニケーションをとって、みんなでワイワイ交流している姿を実現したい。障がいがあってもなくても、E’s cafeに来ればみんなで楽しく語りあえるとか、笑顔になれる空間をつくっていきたいので、たくさんの人にお店に来て欲しいです」


 E’s cafeが目指すたくさんの夢。それはスポーツと仕事が両立できる環境をつくること。あらゆる障がい者スポーツを普及する場所になること。健常者と障がい者の交流を日常の景色にすること。障がい者の仕事の選択肢を増やすこと――。 

神さんのことなので、その他にもっと多くの夢を込めているのだろうなと思います。そして、少しずつ実現していくんだろうなぁと。みなさんもE’s cafeに行って、一緒に夢の実現を応援してみませんか。


 E’s cafe 

所在地:東京都多摩市落合1-47 ニューシティ多摩センタービル8F 

営業日:月曜~日曜 営業時間(予定)11:00 ~ 22:00 

http://es-cafe.net/cafe_top_week.html


【プロフィール】

 加藤遼也 

love.fútbol Japan代表。1983年愛知県生まれ。2011年以降南アフリカ、アメリカ、ドイツ、日本のNGOで「サッカーを通じた社会問題解決」の分野でプログラム開発、事業計画、ファンドレイジングを担当。2013年、日本人で初めて同分野で世界を牽引する、「streetfootballworld」に所属し日本展開の事業計画策定に従事。その後、子ども支援を専門とする某国際NGOにて法人ファンドレイジング、緊急ファンドレイジングを担当。