「競技用〇〇」はなぜ議論を生んだのか?

(文:河内一馬)

スポーツをするのに必要な道具といえば、何を思い浮かべるでしょうか?競技者が着る「ユニフォーム」もそのうちの一つですから、スポーツにとって道具は必要不可欠なものです。種目によって重要度は異なりますが、それらは様々なスポーツメーカーが日々研究を重ね、これまで大きく進化を遂げてきました。中には競技成績に直接関わる重要なものもあり、スポーツにおける道具の進化はこれからも止まることはないでしょう。今回は、ある「特殊な」道具に関してのお話です。 


 競技用「〇〇」 


スポーツメーカーの「NIKE」が、ある商品を発表しました。イスラム教の女性が着用を義務付けられている「ビジャブ」は、これまで多くの議論を生んできました。彼女たちはいかなる場合にも頭部にスカーフ(ビジャブ)を巻いていなければならず、スポーツの競技者にとってもそれは例外ではありません。以前の記事でも触れましたが、サッカーに関しては、かつて国際大会においてビジャブを着用することは認められておらず、2012年に初めて着用してプレーをすることが認められました。それからはサッカーに限らず、大きな国際大会でビジャブを着用してプレーをする女子選手を見ることが多くなりました。そしてついに、大手スポーツメーカーとしては初めて、「競技用」としてのビジャブがNIKEから発表されたのです。 

(写真:https://www.theguardian.com/business/2017/mar/08/nike-launches-hijab-for-female-muslim-athletes) 


「プロ・ビジャブ」と名付けられた同商品は、イスラム教徒の女性アスリートたちが、オレゴン州ビーバートンにあるナイキ本社を訪れ、懇願したことから開発が始まりました。2018年の発売を予定しており、色は3色。通気性に優れ、これまで着用競技者が苦労していた「プレーのし辛さ」を解消しています。ナイキ独特のスタイリッシュなデザインは、これからのイスラム教徒の女性アスリートにとって、大きな手助けとなるでしょう。

(写真:http://www.news.com.au/sport/sports-life/backlash-as-nike-launches-sports-hijab/news-story/863fee314446e69244f9d405635d527a



競技能力の向上から得られるもの 

前述したように、スポーツにおいて道具は大変重要な意味を持ちます。水泳でいえばどの水着を着るかによってタイムに大きな違いが生まれますし、ゴルフで言えばクラブの性能によって飛距離や正確性が変わってきます。従来とは違い通気性や動きやすさが増したことによって、今後イスラム教徒女性アスリートの、競技能力向上につながることは間違いありません。そうなれば、イスラム教徒内でもトップレベルの女性アスリートが生まれ、その国の子供や女性の憧れの対象となり、競技人口も増えていくことでしょう。スポーツをすることは、人生を豊かにすることにつながります。内戦や貧困に苦しむ地域の女性を、この「プロ・ビジャブ」が救うことになるかもしれません。 


手放しで喜べない理由

(写真:http://www.news.com.au/sport/sports-life/backlash-as-nike-launches-sports-hijab/news-story/863fee314446e69244f9d405635d527a


NIKEのこの発表は、ある議論を生みました。これまで大手スポーツメーカーが開発に乗り出さなかった理由もここにあるのかもしれません。

これまでも多く議論を起こしていますが、中東の伝統的な価値観を崩すことに加え、イスラム教徒の女性だけ全身を覆い尽くすようにスカーフを巻かなければならないことは「男女差別」につながる、という見方もあります。仮に、NIKEがビジャブを開発することによって、「女性の服従」や「男女差別」を認めることになると考えると、それはスポーツという、人種差別・男女差別を許さないものにおいては、大きな問題となるからです。スポーツの良さは、肌の色や宗教、性別を問わず、誰でも楽しめるところにあります。それこそがスポーツが守っていかなければならない一つの「正義」でもあります。

私は、NIKEが競技用のビジャブを批判覚悟に開発したことを素晴らしいと感じましたが、どうやら手放しで喜べるようなものではないようです。 今後もこの「ビジャブ」に関しての議論は繰り広げられると思いますが、どちらにせよ、イスラム教徒の女性が、他宗教の女性と同じように競技に取り組める環境は、非常に大事なことだと感じます。サッカーというスポーツも、「正義」を守りながら、すべての人類を共に発展していくことを、祈るばかりです。 


終わり。



【プロフィール】 

 河内一馬。 

 1992年東京都生まれ。「FOOTBALLとは、一体何なのか?」を探るためにアジア、ヨーロッパを周り、教育、文学、アート、カルチャーの視点からFOOTBALLを表現するウェブサイト『Looking for Football』を立ち上げる。https://lookingforfootball.themedia.jp